長門町「中山道の里」
信州・桃源郷街道 長門町の魅力・歴史/伝説を歩く その2
小県郡長門町長久保宿と中山道沿線
関が原の戦いで覇権を獲得した徳川家康は、江戸と地方を結ぶ幹線道路を整備し
ました。中山道の28番目の「長久保宿」は芦田宿と和田宿の間に位置し、古代
の東山道とも交差する交通の要所でした。長久保宿に残る建造物、文化財、中山
道の原道、松尾神社に伝わる伝統文化「大山獅子」などが往時を偲ばせています。
>笠取・峠の茶屋と中山道原道<
>松尾神社と大山獅子舞<
>長窪宿と一服処「濱屋」<
>長窪宿:本陣:<
>長窪宿:釜鳴屋<
>長窪城址<
>四泊1里塚と広重の落合橋<
>道の駅「28ステーション」<
観郷資源
芦田宿と長久保宿の中間にあるなだらかな峠で、峰には小松屋と言う茶屋がありました。この峰に着くと決まって笠を取ったことから「笠取峠」の名前がついたと言われています。芦田側には今でも松並木が往時を忍ばせ、長久保側の中山道原道は整理されて江戸時代の人々の旅を感じることが出来ます。
松尾神社は旧郷社(長久保の総鎮守)で祭神は大山咋命で酒造守護の京都の松尾神社である。弘治3年(1557)再建の際、地固めのために踊ったのが大山獅子舞と言われています。雄獅子2、メス獅子1の3頭で舞ますが唄や笛、太鼓は京の文化を思わせる優雅なもので舞い方も古式を伝えている.。
慶長7年(1602)に長窪宿が現在の西方で依田川沿いに成立しましたが寛永8年の洪水により流失し、その後現存する場所に移りました。長久保宿には40軒を超える旅籠がありました。一服処「濱屋」は明治初期の旅籠として建てられた建造物です、宿場の歴史、民俗資料の展示を兼ねた休憩所です。
- 笠取・峠の茶屋と中山道原道
- 松尾神社と大山獅子舞
- 長窪宿と一服処「濱屋」
- 長久保宿:本陣
- 長久保j宿:釜鳴屋
- 長窪城址
- 四泊1里塚と広重の落合橋
- 道の駅「28ステーション」